伊勢志摩紀行

掲載:2011年 夏 vol.07

伊勢志摩紀行

神々に愛された地を訪ねる
日本人にとって特別な存在である神、天照大御神 (あまてらすおおみかみ) が、志摩半島の伊勢神宮に祀られたのは2000年も前のこと。
以来、この半島を訪れる旅人は神聖な空気に満ちた神宮に心を洗われ、伊勢志摩の大自然に癒されてきました。

神の息吹を感じる清らかな空間を歩いて、
自分を見つめ直す、
そんな旅に出かけませんか?

 「伊勢に行きたい 伊勢路が見たい せめて一生に一度でも」(伊勢音頭)と歌われたように、江戸時代の人々はせめて一生に一度はと、おかげまいりへ旅立ちました。日本の神々に守られて生まれたおかげ、生かさせていただくありがたさを感謝する旅。その行程は江戸から片道15日にも及ぶものでした。
 もちろん現代でもお伊勢参りは盛んです。それは閉塞感に包まれた日常から脱却して、神聖な空間で自分を見つめる貴重な時間。とくに若い女性からはパワースポットとして人気を集めています。
 そして2011年......。
 日本人は大自然の計り知れない驚異を知り、人間が生み出した科学技術による恐怖を味わいました。今こそ、わたしたちには神や大自然に対して謙虚な心で頭こうべを垂れ、手を合わせることを求められているのではないでしょうか。江戸時代の人々のおかげまいりの精神を思い起こして。

五十鈴 (いすず) 川に架けられた宇治橋は内宮への入口。
朝靄にかすんだ神楽殿。ご祈祷の神楽が催されます。

1. 五十鈴 (いすず) 川に架けられた宇治橋は内宮への入口。2. 朝靄にかすんだ神楽殿。ご祈祷の神楽が催されます。© 神宮司庁

神宮参拝の順路はまず外宮から、
それが古来のならわしです。

 伊勢神宮の正式名称は神宮。宇治の五十鈴川の川上にある皇大神宮 (こうたいじんぐう) ( 内宮 (ないくう) ) と、山田原 (やまだのはら) にある豊受大神宮 (とようけだいじんぐう) ( 外宮 (げぐう) ) の両大神宮をはじめとした125の宮社の総称でもあります。
 参拝は古くからの習慣に従ってまずは外宮から。ここには天照大御神 (あまてらすおおみかみ) の食事を司る神とされる豊受大御神 (とようけおおみかみ) が祀られていることから、衣食住をはじめとした産業の守り神として古くから信仰されてきました。
 外宮参拝が終わったら、いよいよ内宮へ。太陽の神にたとえられている天照大御神が祀られている宮です。神聖な世界への架け橋とされる宇治橋を渡れば、そこは2000年の時を超える神の杜 (もり) 。第一鳥居をくぐると右手に、河畔へと降りられる五十鈴川御手洗 (みたらし) 場の石段が見えます。この清流で身も心もリフレッシュしてからお参りしましょう。
 白い玉砂利を踏みしめながら、巨木に包まれた参道を進むと、清らかで神々しい空気を感じます。参道の最奥、神が鎮座する正宮 (しょうぐう) は五重の垣根に囲まれ、古代の建築様式である唯一神明造 (ゆいいつしんめいづくり) を今に伝えています。


内宮の創建から500年後創建された豊受大神宮(外宮)。建物や祭りはほとんど内宮と変わりません。© 神宮司庁

花菖蒲で知られる外宮の勾まがたまいけ玉池(平成24年春まで工事のため閉鎖中)。
天照大御神の荒あらみたま御魂を祀る荒祭宮

3. 花菖蒲で知られる外宮の勾まがたまいけ玉池(平成24年春まで工事のため閉鎖中)。4. 天照大御神の荒あらみたま御魂を祀る荒祭宮 (あらまつりのみや) 。© 神宮司庁

おかげ横丁

内宮門前町にある「おかげ横丁」で江戸時代の伊勢参り気分を。

石段を一段ずつのぼって、
神のすまいに近づく。

 2000年の時を経てきたにも関わらず、正宮をはじめ、いくつかの建物の真新しさを不思議と感じることがあるかも知れません。その理由は20年に一度、式年遷宮 (しきねんせんぐう) が行われているため。遷宮とは神社の正殿を造営・修理する際や正殿を新たに建てた場合に、御神体を遷すこと。つまり神様は20年に一度、新しいすまいに引っ越しをされているのです。最初に内宮で式年遷宮が行われたのは約1300年前の持統天皇4年(690年)。平成25年には第62回式年遷宮が予定されています。神宮の永遠性は こうして実現されているのです。


伊勢神宮の中心である正宮への階段。

花菖蒲で知られる外宮の勾まがたまいけ玉池(平成24年春まで工事のため閉鎖中)。

参拝者が身を清める五十鈴川御手洗場。© 神宮司庁

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