リゾートアイランドの今、むかし

掲載:2011年 春 vol.06

リゾートアイランドの今、むかし

ハワイの存在が世界に知られるようになったのは、大西洋への航路を調査していたイギリスの探索家ジェームズ・クックの来航がきっかけでした。12〜13世紀にタヒチ人が移り住んで以来、外界との接触が途絶えていたハワイと西欧との初めての出会い。しかしこの出会いは、ハワイとそこに暮らす人々の運命を大きく変えていきました。ハワイ王朝の誕生・崩壊、アメリカへの併合、そして世界で最も愛されるリゾートアイランドへと、その歴史をたどります。

ポイント 1

時代に翻弄されたハワイ王朝の歴史

 ジェームズ・クックが訪れた18世紀後半のハワイは、多くの部族が権力争いを繰り返す群雄割拠の時代。そこに登場したのが、数多くの伝説に彩られるカメハメハ大王でした。ハワイ島の王だったカメハメハは全島を統一し、1810年にハワイ王朝を建国します。
 カメハメハは語学が堪能で、来航する西欧人の知識や技術を積極的に吸収しました。全島を統一できたのも、西欧人を参謀に据え、西欧の武器や戦術を取り入れたことに拠るところが大きいといわれています。彼は西欧諸国と友好関係を築き交易に力を入れる一方で、ハワイの伝統文化と信仰を守り、平和な時代を築いていきます。
 カメハメハの死後、その妻カアフマヌはカメハメハ2世の摂政となり、ハワイ古来の信仰や制度、習慣を廃止し、自らはキリスト教に帰依します。カメハメハ3世は憲法を制定し、西欧諸国から独立の承認を受けるなど、王国の改革に努めます。当時のハワイは砂糖の産地として知られ、砂糖の輸出も盛んでした。こうした近代化の結果、王国は最盛期を迎えますが、古くから続くハワイの生活、そして精神文化は激 変していくのです。
 世は列強がしのぎを削る帝国主義の時代。中でもアメリカの力は政治に及ぶまでに強大になっていました。

1883年に造られたカメハメハ大王像。

1883年に造られたカメハメハ大王像。イオラニ宮殿の向かいにある州最高裁判所前に立つ。左手の槍は平和の象徴。誕生日とされる6月11日には、たくさんのレイがかけられる。

オラニ宮殿のフェンスにつけられたハワイ王朝の紋章

イオラニ宮殿のフェンスにつけられたハワイ王朝の紋章には、カメハメハ3世の言葉が刻まれている。州の紋章もこれにならっている。

ハワイ島のプウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園

ハワイ島のプウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園は、掟を破った王族がその罪を償った場所。23体の王族の遺骨が納められている神殿は、キイと呼ばれる守護神に守られている。

ビショップ・ミュージアム分館

ビショップ・ミュージアム分館には、王朝の歴代の王の肖像画や写真が並んでいる。左端がカメハメハ大王。

ポイント 2

ハワイ王朝からアメリカ合衆国へ
激動の時代に思いを馳せて

 1874年、「陽気な王様」の愛称で知られるカラカウアが王位につきます。文化や音楽に造詣が深い彼は、伝統のフラや音楽を復活させ、神話や伝説を記録するとともに、豪華絢爛なイオラニ宮殿を建設しました。
 日本とハワイの関わりをつくったのもカラカウアです。彼がハワイの王として初めて世界漫遊の旅に出たとき、最初の訪問国に日本を選び、明治天皇に日本人の移民を要請しています。
 ハワイアンの誇りを取り戻し、王権復活をめざしたカラカウアですが、それはアメリカ人勢力との争いをもたらすことにもなりました。カラカウアの死後、彼の後を継いだ妹のリリウオカラニも兄同様に王権復活を強く主張しましたが、争いは激化。ついには1893年、王位を剥奪され幽閉されてしまいます。ここに、カメハメハ大王から続いたハワイ王朝は幕を閉じたのです。
 ところで、リリウオカラニは優れた音楽家でもありました。中でも「アロハ・オエ」はハワイを代表する名曲として、ハワイ王朝なき今も多くの人々に愛されています。


ハワイ王朝時代に首都が置かれたラハイナは、メインストリートに当時の建物が建ち並ぶ。

サトウキビ列車

かつてマウイ島でサトウキビの運搬に使われていた蒸気機関車。現在は「サトウキビ列車」として、マウイ島のラハイナとカアナパリ間を、片道約30分で結ぶ。大自然の中を蒸気機関車で走る気分は爽快。

ラハイナ

かつて捕鯨で栄えたラハイナは、現在はホエールウォッチングやフィッシングの拠点として人気。


ハワイに新天地を求めた日本人
 疫病の蔓延による人口の激減と砂糖の需要の高まりから、1850年代以降、サトウキビ・プランテーションで働く労働者として、多くの外国人が移民としてやって来ました。日本でも、カラカウア王の要請を受け、1885年からハワイへの移民が始まりました。
 当時の人々の暮らしぶりを伝えているのが、オアフ島のハワイ・プランテーション・ビレッジです。ここではさまざまな国の労働者の生活を伝える品を展示。日本人労働者の長屋、公衆浴場、さらには神社もあり、日本とハワイの関わりの深さを改めて感じさせます。

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