風まち・月まち・潮まち
尾道・鞆の浦 瀬戸内の旅

掲載:2014年 vol.17

山々と海に挟まれ、南には向島を望む、瀬戸内の港町・尾道。
きらきらと輝く春の海は、旅人の足取りを軽く、心をおだやかにしてくれます。
今号のキーワードは「待つ」。
出航をうながす風や潮、美しい月を待ちながら、人々がゆったりと時間を重ねてきた「尾道」と、同じく歴史ある港町「鞆の浦」をご紹介しましょう。

港湾拠点として栄え、
今も往時の姿をとどめる鞆の浦。

 尾道から電車で東へ20分、福山駅前からさらにバスで南へ30分下ると、海に面して広がる「鞆の浦」の町があります。鞆の浦とは、鞆港を中心とした海域のことで、本来は「鞆にある入り江」を指します。周辺地域は1925(大正14)年に名勝・鞆公園の指定を受け、さらに1931(昭和6)年には最初の国立公園の一つとして認定されました(瀬戸内海国立公園)。古い町並みは風情があり、1992(平成4)年には「都市景観100選」、その後「美しい日本の歴史的風土100選」にも選ばれています。
 鞆の浦は歴史が古く、759年に編纂された万葉集にも港の様子などをよんだ歌が8首残っています。平安時代には備後国南部における布教の拠点となり、江戸時代までに由緒ある寺が19か寺、神社は大小あわせて数十社も建ち並び、多いに繁栄しました。江戸時代には朝鮮通信使の寄港地にも度々指定され、「潮待ちの港」としても名を知られるようになります。近代になると港湾拠点としての役割は薄くなっていきますが、景勝地としては仙酔島や弁天島を含む東岸の景観が高く評価され、今も多くの観光客が訪れる町となったのです。
 江戸時代、港湾施設には「常夜燈(じょうやとう)」「雁木(がんぎ)」「波止場(はとば)」「焚場(たでば)」「船番所(ふなばんしょ)」がありました。常夜燈とは現在の灯台や街灯を指します。また雁木は、潮の干満に関わらず人の乗降や荷物の積み下ろしができるよう船着場に設置された階段状のもの。これら5つの施設が今もすべて残っているのは、全国でも鞆港だけです。また当時の町地図に描かれた街路は現代の地図としても通用し、この点でも全国で唯一の特徴を持っています。

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常夜燈

常夜燈
鞆港の中心に位置し、鞆の浦のシンボルとも言える常夜燈。海中の基礎石からの高さは約10メートルで、港の常夜燈としては日本一の大きさを誇る。竿柱の南面に「金毘羅大権現」、北側に「当所祇園宮」の石額を掲げており、海上安全の守護神に対する寄進燈籠でもある。

一部写真提供:広島県

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