雅な伝統文化の街
美をめぐる金沢

掲載:2014年 vol.16

豊かな自然と伝統文化に彩られた金沢。
武家や商家により支えられ独自に発展してきた「加賀百万石」の街は、
今もその誇りと艶やかな風情を残し、世界を魅了し続けています。
新年号の今回は、金沢の人と街が脈々と受け継いできた、
素晴らしい「美の世界」をご紹介しましょう。

今も昔も風雅な、日本が誇る庭園・建築。

季節によって表情を変える、
前田家ゆかりの兼六園。

 金沢を代表する庭園「兼六園」。日本三名園の一つとしても知られ、加賀藩5代目当主・前田綱紀(1643〜1724)の時代から、約180年の歳月をかけて造園されました。3万5千坪の庭園は、庭を歩いて巡る林泉回遊式。起伏に富み、池や曲水、滝などが流れるほか、四季折々の植栽が目を楽しませてくれます。
 ところで、兼六園の名前の由来をご存知でしょうか。もともとこの庭は中国(宗)・洛陽の湖園にちなんだもので、「宏大(広々としたさま)」「幽邃(静寂)」「人力(人工的)」「蒼古(古びた趣)」「水泉(水の流れ)」「眺望(遠くの眺め)」の6つを兼ね備えた、素晴らしい名園であるとして名付けられたのです。春に3度花の色を変える「兼六園菊桜」や、冬の雪に備える円錐形の「雪吊り」も見どころの一つです。

兼六園

兼六園
「日本三名園」に数えられる、江戸時代の大名庭園の代表格。フランスのミシュラン観光地ガイドでも、三ツ星に選ばれています。

徽軫灯篭

琴の糸を支える琴柱に似ていることから名付けられた「徽軫灯篭」。水面を照らすための雪見灯篭が変化したもので、足が二股になっている。

贅沢な庭園を抱える武家屋敷。

 兼六園を中心に、金沢の庭園文化は広まっていきました。前田家や本多家といった大規模な武士の庭園はもちろん、一般武士の屋敷でも兼六園と同様の造形性や象徴性を押さえながら、自然主義に基づいて作庭されたのです。
 現在残る武家屋敷は、公開されていないところもありますが、長町の界隈で唯一、野村家は邸内を一般に公開しています。ここは代々、前田家の直臣として御馬廻組の組頭を務めた名家。建物はもちろん、その素晴らしい庭は、さまざまな形の灯篭や橋、曲水などが配され、まるで屋敷自体が水上に浮かんでいるようです。
 野村家の庭園の水は、外の大野庄用水から取り込まれています。こうした用水は長短合わせて54本が市内を流れており、古くは魚や蛍も生息する快適な水環境でした。飲み水や洗濯用の水として住民の暮らしを支え、その清潔は住民によって守られました。金沢は、水によって潤った街でもあるのです。

武家屋敷跡 野村家

武家屋敷跡 野村家
前田家の直臣である野村家の屋敷跡。現在の建物は、加賀の豪商・久保彦兵衛の屋敷の一部を移築したもの。水上の邸宅のような、自然美あふれる繊細な庭は、海外でも評価が高い。

大野庄用水

藩の中心部を外敵や災害から守るため、今から400年前に造られた最も古い用水「大野庄用水」。近くには、農業用水として活躍した鞍月用水も。

写真提供:石川県観光連盟/金沢市

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