神々を訪ねる
出雲・松江の旅

掲載:2013年 vol.13

出雲・松江の旅

60年に一度の「修造遷宮」が行われている出雲大社。
今年5月には、その集大成とも言える「本殿遷座祭」の神事が行われます。
今回ご紹介するのは、出雲・松江の神社を中心に、鳥取の境港まで足を伸ばす旅。
日常に神々の存在がとけ込んだ場所で、感じられるものとは

平成の大遷宮を迎え、新たに生まれ変わる出雲大社

 今年、60年に一度の遷宮年を迎える出雲大社。2013年は、奇しくも伊勢神宮でも20年に一度の式年遷宮が行われます。「式年遷宮」とは、一定期間ごとに神霊を旧社殿から新社殿にうつす儀式のことで、そのサイクルは神社によって異なります。伊勢神宮の式年遷宮が、清らかな環境を好む神様のために社殿を建て替えるのに対して、出雲大社の場合、御本殿を建て替えずに、大屋根の葺き替えや修理を中心に行います。出雲大社は、日本最古の神社建築の一 つで、出雲地方特有の大社造りと呼ばれる様式の御本殿は、大屋根に約64万枚もの檜皮が敷き詰められ、今回の遷宮ではこれらがすべて葺き替えられるのです。こうした作業に要する、気が遠くなるほどの時間と手間を考える時、同時に人々の心の中で脈々と受け継がれた信仰の厚さに思いを寄せずにはいられません。
 現在出雲大社では、まさに「平成の大遷宮」が進められています。2008(平成20)年4月の「仮殿遷座祭」で御本殿から御仮殿にうつった御神体は、今年5月10日の「本殿遷座祭」で御本殿へ戻られます。その後も境内外の摂末社の修理が行われ、2016(平成28)年に平成の大遷宮は完了するのです。

出雲大社
出雲大社
出雲大社
出雲大社

出雲大社
「因幡の白兎神話」でも有名な大国主大神が天照大御神に国を譲る際、その功績を称えられて建てられたとされる壮大な社殿。境内には御本殿や御仮殿、神楽殿のほか、8つの摂社と3つの末社、文庫、宝庫などが建ち並ぶ。

神在月は「縁結びの月」。
全国から八百万の神々が集まる

 出雲大社の由来は、古くから伝わる『古事記』や『日本書記』、『出雲国風土記』でそれぞれ異なりますが、出雲大社の祭神は、中世の一時を除き、創建時から今も大国主大神が祀られています。大国主大神は、ヤマト王権によって平定された地域の人々が信仰していた「国つ神」という神々の筆頭。自ら造った国を天照大御神に譲る「国譲り」の際、「(目に見える現実の世界を譲り、)私はこれから、隠れたる神事(目に見えない世界の人の縁など)を治めよう」と言いました。この縁とは、男女の縁だけでなく、友人関係、仕事の人脈、すべての幸福と人がつながるようにという願いが込められた「縁」のこと。旧暦10月の神無月は、出雲では「神在月」と呼ばれ、全国から八百万の神々がここに集結して縁結びの相談が行われるといいます。地元ではこの時期、神様たちの邪魔にならないよう、静かに過ごすのが習わしです。
 また出雲大社の御神体は、いまだ明らかにされておらず、謎に包まれています。『雲陽秘事記』には、かつて松江藩主・松平直政が御神体を見たところ、最初は鮑だったのがあっという間に大蛇に変わったという記述も。出雲の人々は海蛇を大国主大神の神使いと信じ、「龍蛇様」とあがめて、神様へのいろいろな祈りを託しました。

出雲大社[十九社]

出雲大社[十九社]
旧暦10月の神在月に、全国から集まった八百万の神が宿泊するという末社。御本殿の東西にそれぞれ1社ずつあり、出雲大社を中心として東十九社には東側、西十九社には西側の神々が滞在すると言われる。

出雲大社

縁結びを司る出雲大社には、全国から多くの人が参拝し、さまざまな縁を願ってその思いを絵馬に託してゆく。

出雲の国にたたずむ ゆかりの神々をたずねて

 出雲大社には20以上の摂社や末社があり、出雲周辺の地にもゆかりの神社が多数鎮座しています。
 深い森の木々を背に、静かな空気の中、凛と佇む姿に心洗われるのが佐太神社です。出雲四大神の一柱、佐太大神を祀る出雲国二の宮で、旧暦10月の神在月には、毎年全国から八百万の神々が集まり、母神である伊弉冊尊を偲ぶのだと言います。また、毎年9月24日・25日には御座を敷き替える神事「御座替祭」が行われ、「佐陀神能」を奉納。佐陀神能は古くから伝わる舞の一つで、2011(平成23)年にユネスコ無形文化遺産に登録されました。
 八岐大蛇を退治する神話で有名な英雄・須佐之男命が、初めて建てた宮殿として、「日本初之宮」と呼ばれるのが須我神社です。神社の名前の由来は、須佐之男命が八岐大蛇の退治で助けた稲田比売命とこの地に至り、「わが御心すがすがし」と語ったことによるとか。またその時、日本で初めて和歌を詠んだことから、「和歌発祥の地」としても伝わっています。
 須佐之男命が、須我神社で詠んだ和歌「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに八重垣造る その八重垣を」。愛しい妻を八重の垣根で守り大切にしたいというこの歌にある、八重垣の地に鎮座するのが、八重垣神社です。八重垣神社はこの二人の夫婦神を祀っており、縁結びの霊験あらたかな神社として知られています。「古代結婚式発祥の地」ともされ、境内に広がる佐久佐女の森には、心願成就の縁占いで有名な「鏡の池」があります。占いは、専用の和紙に硬貨をのせて池に浮かべるもの。和紙が池に沈む早さや岸からの距離で、良縁が訪れる時期が分かるとされ、全国から多くの女性が参拝し、願いを掛けていきます。

佐太神社
佐太神社

佐太神社(さだじんじゃ)
佐太大神(猿田彦大神と同じ)を主祭神とする。江戸時代は、杵築大社とともに出雲国内の神社を管轄し、それらを治めていた。

須我神社

須我神社(すがじんじゃ)
須佐之男命が八岐大蛇退治の後に建てた宮殿が神社になったものと伝えられ、「日本初之宮」と呼ばれる。須佐之男命と妻の稲田比売命を主祭神とし、和歌発祥の地としても有名。

八重垣神社
八重垣神社

八重垣神社(やえがきじんじゃ)
素盞嗚尊(スサノオノミコト)と稲田姫命(イナタヒメノミコト)を主祭神とする神社。社殿後方には「奥の院」が鎮座し、「鏡の池」という良縁占いが行われる神池や「夫婦杉」と呼ばれる2本の大杉、「連理の椿」がある。

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