透析を受けながら活躍する人々

掲載:2011年 秋 vol.08

井上健史さん

水分を十分に取れないことを嘆くより、
一杯の水のおいしさに幸せを感じます

井上健史さん

警視庁司法通訳・東京地裁法廷通訳

1948年広島市生まれ大阪育ち。早稲田大学教育学部中退、ブラジルに渡る。サンパウロFMU大学経営学部卒。ブラジルサンパウロ市に17年間暮らす。1984年に帰国。プロポリスなどの健康食品輸入販売のヤシマ商事株式会社を営む傍ら、得意のポルトガル語を駆使し警視庁司法通訳、東京地裁法廷通訳を務める。透析歴15年5ヵ月。

一杯の水のおいしさに感謝

 1993年、45歳の時、慢性腎不全と診断されました。しばらく小康状態を保っていたのですが、95年に肺梗塞を患い、一気に症状が悪化、翌年の2月に透析導入になりました。当初は血圧が下がり、立てなくなり、自宅からわずか300mの距離も歩けなくて、タクシーで帰宅したことも何度もありました。また、足が痒くなるむずむず脚症候群にも悩まされ苦しい思いもしました。
 私の体験的な痒みの対処法は、48度のシャワーを痒いところにかける方法で、痒みがなくなります。それと透析中に血管痛が起こったりしますが、これも手枕2個を手首の下に置いて手首の位置を高くすると血管痛がなくなります。これらは透析を受けている皆さんに是非ともお勧めします。
 透析を始めて4ヵ月目に「現代医学の力によって生かされている」と透析を受けて生かされていることへの感謝を綴った文章を、(社)全国腎臓病協議会の機関誌に投稿し掲載されました。また、2000年にはNPO法人東京腎臓病協議会の機関誌にも「水分を十分に取れないことを嘆くより、一杯の水のおいしさに幸せを感じることが大切だ」といった内容の文章も投稿し掲載されました。

連日の取り調べにも立ち会って

 警視庁司法通訳と東京地裁法廷通訳は、東京外語大学出身の知人から「ポルトガル語が堪能ならこういう仕事があるよ」と教えてもらったのがきっかけで、司法通訳等に登録したことが始まりでした。
 2004年、銀座の宝石店で起こった強奪事件の時は、犯人を匿ったのがブラジル人の女性だったので、私が通訳に指名されました。そのときはその女性を連日取り調べるのに立ち会っていましたから大変でした。
 日本の景気が悪くなった反面、ブラジルの景気がよくなったこと、それと放射能汚染の問題だと思いますが、最近はブラジル人の犯罪も減ってきて通訳の仕事も減ってきました。

休憩なしで90分間のテニスレッスンが可能に

 5年前からオンラインHDF透析に代わって、体調もさらによくなり、透析を受けるようになる前に、趣味で習っていたテニススクールにも復帰しました。最初は90分のレッスンも恐る恐る3回ぐらい休憩を入れながらやっていましたが、いまでは休憩なしで続けられ、頭上を越えたボールも追いついて打てるまでになりました。透析を受けるようになって始めた川柳もいまでは、葛西句会の会長、江戸川区川柳作家連盟の副会長も務め、多忙な日々を元気に過ごしています。

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