透析を受けながら活躍する人々

掲載:2011年 春 vol.06

高橋かづささん

できるかできないかではなく、
どうやったらできるか考える

高橋かづささん

会社員

1966年、群馬県生まれ。中央大学法学部卒業後、高崎市の百貨店勤務。群馬県スキー連盟安全対策部事務局も努める。学生時代から旅行を愛し、毎年2回は海外へ。1994年にIgA腎症を発症。1997年に腹膜透析導入。2007年に血液透析導入。透析を受けながら、スキーの公認パトロール資格を取得。スイスのツェルマットからイタリアへの国境越え滑降をはじめ、アメリカ、オーストラリア、中国など世界各国を旅する。

20年以上も年2回の海外旅行


オーストラリア、ジェラルトンの透析センター

 昨年は5月に西オーストラリアの世界遺産シャークベイに行きました。一番近い透析施設があるジェラルトンまで、500キロも車を運転しなければならなかったんですが、それをしても、自然のなかを泳ぐジュゴンが見たかったんです。想像以上にすばらしかったです。
 9月にはアリゾナのアンテロープキャニオンに行ってきました。ここではアリゾナ州の州都フェニックスの透析施設を拠点に、あちらこちら周りました。旅先では自由に行動したいので、レンタカーを自分で運転します。宿は滞在型のマンションみたいなところで、近所のスーパーマーケットで買い物をして、自炊です。
 こんなふうに、毎年2回は海外旅行に行きます。小学生の頃から一人で旅行に行ってたし、大学の頃は年に2〜3回、就職してからは夏と冬の休みを利用して海外に。透析を始めてからも変わらず、もう20年以上になります。

何があっても対応できるように

 透析をしているから旅行に行けないなんて考えたこともありません。27歳でIgA腎症を発病して、29歳で透析に入りましたが、旅行が難しそうなところから行っています。最初は腹膜透析だったので、病院もないようなところばっかり。10年で血液透析に移行しましたが、都市部はまだ行かないでとってあるんです。これからは体力も落ちてくるし、選択肢が狭まってくる。そうなっても都市なら病院もあるし、国際空港が近ければ、そのまま帰れる。
 どんなことでも自分で対応できるよう準備はします。透析中に何かあって言葉が通じないと困るので、少しは話せる英語が通じるところにしか行きません。英語圏じゃないところで行ったことがあるのは、上海とソウル、あとイタリア。実はスキーが好きで公認パトロールの資格も持っていますが、スキーでアルプスの国境越えをしたくて、スイスから入りイタリア側に滑り降りました。イタリアで透析を受けるために、半年かけてイタリア語の猛特訓をしたんです。

どうやったらできるのか考える

 百貨店の仕事で旅行カウンターに配属されていたときは、いろいろな障害を持つ方の旅行も手配をして、その大変さを知りました。しかし、透析は足枷にはなるけど、旅行をあきらめなきゃいけないほどじゃないと思います。たしかに透析をしていると我慢しなくてはならないことが多いけど、やりたいことがあれば、できるかできないかではなく、どうやったらできるのかを考えるのが私のモットーですね。どうにかしてでも、やれる方法を見つけるのが、私にとってはあたりまえなんです。

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