透析を受けながら活躍する人々

掲載:2014年 vol.16

井上 登さん

整体、海外透析サポート、そして介護。
人のために、自分にできることを精一杯したい。

井上 登さん

整体師

井上 登 さん
1956年、東京都江戸川区生まれ。高校時代からラグビーに取り組み、大学時代にはニュージーランドで指導方法を学ぶ。帰国後は江戸川区や保育園で体育指導を行い、その後企業に就職。2001年、血液透析を導入。2003年には自宅で整体院を開業し、平行して2006年にハワイの透析手配のエージェント会社を設立。2013年、生体間腎移植。今後は介護の仕事にも携わっていく予定。

透析を導入した当初は、ただつらかった。
でも家族やハワイの風土が、私を元気づけてくれた。

自宅に併設された整体院の診療室で。井上さんが好きなハワイゆかりの、キルトのカーペットや花柄のクロスが、癒しの空間を演出。

井上さんがハワイへ行った際の写真。コウリナのラグーン前(上)、そしてボディーボードを楽しんだワイキキビーチ(下)での一枚。

 もともとスポーツが大好きで、高校時代にはラグビーをやっていました。でもその頃、脳挫傷を起こしてしまって。選手からは離れたのですが、指導者の道へ進もうと考えて日本体育大学へ進学しました。4回生の時には、ラグビーの指導方法を学ぶためにニュージーランドにも留学したんですよ。
 帰国後は、江戸川区や幼稚園などで体育指導をしていました。そして、営業マンとして民間企業に就職。ペットフードの会社では、朝6時から夜中の1時や2時まで働き、休みが取れるのは年に数日という時もありました。とてもハードな毎日を送る中、40歳の時の健康診断で尿たんぱくの数値が上がっているという結果が出ました。食事療法はしていましたが、忙しすぎる5年間が過ぎてしまいました。知らない間に、どんどん腎臓の具合が悪くなっていたんでしょうね。45歳の時に、営業車の中で倒れて救急搬送され、そのまま透析を導入することになりました。
 当時、私は東京営業所の所長を務めていました。そのため「周囲に迷惑をかけることはできない」と思い退職。半年間は自宅療養をしていましたが、環境の変化と精神的ショックに、一時はうつ状態になりました。そんな時、以前から好きだったハワイへ家族旅行をする計画が持ち上がって、思い切って行ってみたんです。そうしたら、とても気持ちが救われて。ハワイの大地や風が私を癒してくれ、少しずつ元気を取り戻していきました。
 その後は、「人のために役立つ仕事をしたい」と思い、整体を学ぶために学校へ通い、技術を身に付けました。スキルを高めるために、ホテルの宿泊客のマッサージもしました。さらに、スポーツに関わりたいという気持ちで、高校のスポーツクラブのトレーナーも務めました。
 自宅で整体院を開きながら、2006年にはハワイの透析手配会社の日本窓口として活動を開始。「旅行に行きたいけれど透析や言葉の問題があって心配」という人たちからの相談を受けるうちに、お手伝いしたいと思って始めた仕事です。ハワイ州政府観光局からも推薦されている「ニュードリームケア」と連携し、これまでに約200名の方にハワイでの透析を案内してきました。2013年からはバリ島の透析手配の代行も行っています。今後はヨーロッパなど世界各国へエリアを広げて、多くの方に喜んでいただけるサービスをしていきたいですね。  実は昨年、私は妻から腎臓の提供を受けて、生体間腎移植をしました。おかげさまで体がずいぶん楽になり、自由になる時間もたくさんできました。この体と時間を使って、これから家族と周りの方に喜んでもらいたい。介護の資格も取ったので、こうした面からも人のお役に立てる仕事をしたいと思っています。

整体院・海外透析サービスのご案内

【いのうえ整体院】
東京都江戸川区北小岩5-2-18 TEL/03-3672-7198 http://inoue.ciao.jp

【ハワイ人工透析サービス】
TEL/03-6317-7256 http://inoue.ciao.jp

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