透析を受けながら活躍する人々

掲載:2013年 vol.14

二宮 幸雄さん

教会の活動に全力を注いできた半生。
うれしい時も、つらい時も、
そばで支えてくれた妻に感謝しています。

二宮 幸雄さん

日本キリスト教団 勝田教会
常陸大宮チャペル牧師

キリスト教の牧師として、ご夫婦で布教活動を続ける二宮幸雄さん。
今のお仕事に出合ったきっかけや、病と闘ってきた半生、共に支え合ってきた奥様への思いを語っていただきました。

二宮 幸雄さん
1940年、神奈川県横浜市生まれ。東京神学大学で6年間学び、阿佐ヶ谷の教会で2年間の研修を経て、78年正式な牧師として勝田教会に就任。布教活動のほか、保育園の経営にも携わる。糖尿病を患い、2005年に血液透析を導入。現在は常陸大宮のチャペルで、奥様のめぐみさんと教会の活動を続けている。

長年の糖尿病を経て、透析を導入。
それでも布教を続けてきました。

説法を行う礼拝堂の祭壇の前で。祭司服に着替えていただくと、おだやかな中にも引き締まった表情に。

現在ご夫婦で活動されている茨城県・常陸大宮のチャペル。伝統あるプロテスタントの教えを受け継ぐ教会は、白の風合いがやさしい建築で、礼拝堂にはやわらかな光が満ちています。

幸雄さんと、奥様のめぐみさん。笑顔が絶えず、ユーモアたっぷりのめぐみさんに「いつも支えられている」と幸雄さんは話します。

 私は、茨城県の常陸大宮にあるチャペルで、牧師として活動しています。この仕事を選ぶことになった理由は、幼い頃よく祖父に手を引かれて近くのお寺に通っていたので、宗教というものがいつも身近にあったためでしょう。さらに18歳の時、当時勤めていた印刷会社への通勤途中に教会がありました。そこへ通ううち、さまざまな教えを受けクリスチャンになったんです。19歳で正式に洗礼を受けたのをきっかけに牧師への道を決意したのですが、布教活動をするには神学を詳しく勉強する必要があります。そこで働きながら定時制で学び、東京神学大学へ入学しました。同じく牧師である妻は、この大学の同級生だったんですよ。卒業後は2年間の伝道師期間があり、さらに正式な牧師になるための試験があります。阿佐ヶ谷の教会で伝道師を務めた私は、妻の実家でもある茨城県の勝田教会に赴任し、試験に合格して晴れて牧師となったのです。
 勝田に来てからまもなく、糖尿病を発症しました。本当に突然のことで、1ヵ月で23キロも体重が減った時は信じられない思いでした。インスリンを打ちながらも、教会の管理や布教活動、さらに当時は保育園長もしていましたので、忙しい日々を送っていたんです。すると、10年も経たないうちに腎萎縮が始まって…腎臓が弱っていることは知っていましたが、そこまで大変な状態だと気付かなかったんですね。低血糖を起こして救急車で運ばれた時に、ようやく分かりました。様子を見ながらも少しずつ仕事を続けていましたが、2005年に血液透析を導入しました。その時、ドクターが「10年と持たない命だ」と言った一言が今でも忘れられません。本当に傷つきましたね。悔しくて10年日記を買い毎日の出来事を綴るうち、導入から3年、5年が過ぎ、今では8年が過ぎました。10年目を迎える年、ちょうど孫が小学校に入学するんです。2つのお祝いが一緒にできるとうれしいですね。
 2010年、勝田の教会を若い牧師に譲り、常陸大宮チャペルを主な活動拠点としました。今は日曜の礼拝で説教をするのが主な仕事です。横になっている時間が増えてきましたが、移った先の近所の病院は皆親切で、何より傍らにはいつも明るい妻が居てくれます。ただただ「ありがとう」という気持ちでいっぱいです。これから妻と、少しでも長い時間を共に過ごしていきたいというのが私の願いです。

ページトップへ