透析を受けながら活躍する人々

掲載:2013年 vol.13

吉田 晴美さん

透析の現状と、未来への希望を伝えたい。
そんな思いで、透析生活を綴った著書を出版。

吉田 晴美さん

元中学校教師

透析導入後、阪神淡路大震災での被災を経験した吉田さん。当時のお話や、透析生活を綴った著書についてお話をうかがいました。

吉田 晴美 さん
1950年、兵庫県生まれ。大学卒業後は教員となり、神戸市の中学校で国語を教える。43歳で慢性腎不全により腹膜透析を導入。1995年の阪神淡路大震災で被災し、一時大規模病院に入院。50歳で退職。翌年、著書『透析生活もまた楽しからずや』(文芸社)を出版。自らの透析生活を振り返り、「前向きに生きる意味」を綴った。

保存期がないまま、腹膜透析を導入。
突然のことで、最初は目の前が真っ暗に。

ご主人の政昭さんとご一緒に。政昭さんも、28年間透析をされている。北海道から沖縄まで、二人で旅行に出かけた思い出も多いとか。

 透析を始めて、今年で20年になります。私の場合、透析導入は突然やってきました。もともと腎臓が弱いということもなく、血圧も正常でした。それが、ある日急に気分が悪くなって病院へ行くと、急性腎炎と診断されたのです。半年前の健康診断ではまったく異常がなかったのに、突然「すぐに透析をしましょう」と言われて、目の前が真っ暗になりました。当時、透析治療は、一生続けるものだということと、通院のために長時間、体を拘束されることだけは知っていましたが、詳しいことは何も分かりません。お医者様に相談し、中学の教員という仕事を続けたいという強い希望もあって、腹膜透析に決めました。こうして、保存期がまったくない状態で、透析治療が始まったんです。

明るく開放感のあるリビングで。学生時代の教育実習や、教員時代について語るとき、思わず笑顔がこぼれる。

自分が書いた本で、多くの人が
前向きになってくれたらうれしい。

2001年に出版された、『透析生活もまた楽しからずや』。残念ながら現在は手に入らないが、この本に勇気づけられた患者さんも多い。

 透析を始めて2年経った1995年1月、あの阪神淡路大震災が起こりました。家は全壊し、私は腹膜透析だったので、大規模病院に入院して自分でバッグ交換をする日々でした。交通がなかなか復旧しない中、遠くから多くの患者さんが歩いて通ってくる情景は、今でも忘れられません。こうして震災も乗り越えて5年経ち、50歳になった時に教員を辞めました。
 その頃、自宅で始めたのは、本の執筆でした。透析をしている人にも、していない人にも、透析の現状と未来への希望を伝えたいという思いで『透析もまた楽しからずや』という本を出版しました。ちょうどその時期、知人の息子さんが透析をすることになり落ち込んでいると聞いて贈ったところ、これを読んだ息子さんは「透析をしながらも前向きに生きられるのだ」と喜んでくれたとか。それを聞いて、私も心から嬉しかったですね。
 最近は週2回、家事援助をヘルパーさんにお願いしていますが、その中で感じるのは、これから高齢の透析患者さんが増えると、介護をする方にも透析に関する知識が求められるようになるだろうということ。今後ますます、より良い医療と介護が受けられる社会になることを期待しています。

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