透析を受けながら活躍する人々

掲載:2013年 vol.13

辺見 加代子さん

ビーズ織りの教室を自宅で開催。
透析をしながら海外旅行へ出かけたことも。

辺見 加代子さん

ビーズ織り作家

自宅でビーズ織りの教室を開いている辺見さん。透析に関するこれまでの失敗談なども交えながら、「透析について知ること」の大切さを語ってくださいました。

辺見 加代子さん
1955年大阪府生まれ。生まれつき左の腎臓が小さく、17歳でたんぱく尿が見つかる。25歳で結婚するが、妊娠中に尿毒症を発症。その後、貿易事務の仕事に就く。38歳の時に不整脈による血圧上昇で重度の貧血を起こし、41歳で腹膜透析を導入。その後、施設血液透析を経て、在宅血液透析を導入。現在は自宅でビーズ織り教室を開催している。

辺見さんのホームページ:「辺見加代子の透析レポート」 http://www.miudesu.com/

「時間を自由に使いたい」「海外へも旅行したい」
やりたい事があったから、腹膜透析を選択。

辺見さんが手がけた、くま・うさぎの人形と、ポピーの花束。明るい窓辺から差し込む光が反射して美しい。

 25歳で結婚し、子育てをしながら、アンティークドールの作り方を習いました。人形にビーズのバッグを持たせたくて、これがビーズ織りを始めたきっかけです。一時は、奈良や大阪でいくつかの教室を開催していました。38歳の時、貧血が原因で動けなくなり、41歳で透析を導入。最初は血液透析の予定でしたが、もともと血管が細かったのが原因でシャントの手術に2度失敗したんです。でも、そのことをきっかけに、周りの方からいろんな情報や助言をいただいて、腹膜透析というものがあることを知りました。これ以上手術でつらい思いをしたくないという理由もありましたが、「時間を自由に使いたい」「海外旅行にも行きたい」という気持ちが強くて、腹膜透析に決めました。
 手術後は、だるいと感じていた体がとても軽くなって、10ヵ月後には娘とスキーにも出かけていましたね。念願の海外にも出かけました。人形のドレスを作るためにレースや布地、アンティークドールを探してヨーロッパへ、ビーズやガラス玉を求めてベネチアへも…良い思い出です。

コレクションのビスクドールたちの前で。手にしているのは、ビーズで織った、ひな祭りの壁かけ。鮮やかな色と、ビーズならではの光沢が素敵な作品。

自らの経験をホームページで発信。
「透析を知る」きっかけにしてほしい。

旅行で出合ったビスクドールなど人形の数々は、今も大切に保管されている。左は、余ったビーズで作った小物入れと、モールで作った愛らしいくまの人形。

 血液透析に変えたのは、腹膜透析を続けて7年半ほど経った頃です。2年半の施設透析を行った後、在宅透析に切り替えて、今で7年ほどになります。その間、ボタンホールが塞がってしまうというトラブルもありました。この時は、トラブルの予防に対する意識が不十分だったのと、体の調子が悪いことに気付くのが遅かったんです。こうして昨年5月、再手術のために入院。入院前にも時々ありましたが、気分が塞いで、うつのようになることもありました。でも、こうしたトラブルや心の状態を幾度か経験するうち、できるだけ多くの方に透析に関する情報をお届けしたいと思って。8年前からホームページを立ち上げ、私個人の失敗談などもまじえながら、透析について紹介しています。自分が経験した、腹膜透析や施設血液透析、在宅血液透析についても綴ることで、「透析は選べる」ということを知る機会にもしていただけるとうれしいですね。

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