透析を受けながら活躍する人々

掲載:2012年 vol.11

新沼 道子さん

染織家として、音楽家として
生きがいを見つけ、豊かな透析生活を実践。

新沼 道子さん

染織家・音楽教室経営

興味があるものは、何でも前向きにチャレンジしてみたいという新沼さん。毎日を生きがいとともに暮らす楽しさを、お話しいただきました。

新沼 道子さん
1941年 東京都生まれ。大学で声楽を学び、卒業後はドイツへ留学。その後日本に帰国し、神奈川県にある鶴巻温泉の旅館を女将として経営。62歳で腹膜透析を導入し、6年後に血液透析に移行。現在は自宅で音楽教室を開催する他、染色や織物などの作品づくりに精力的に取り組まれている。2012年2月、NPO法人神奈川腎友会の「第30回ふれあい作品展」で特別賞を受賞。スタジオジブリの宮崎駿監督は、同じ年の従兄にあたる。
新沼さんのブログ:『マダムMichikoのブログ』
http://madam-michiko.wone.sub.jp/

音楽の道を追求し、ドイツへ留学。
帰国後は、温泉旅館の女将に。

秋の風情ただようコスモス柄の暖簾。もちろん、型紙から作成されている。同じ柄でも染める色によって表情が変わるそう。

 幼い頃から好奇心が旺盛で、なんでも自分の目で見たり、触れたりしたいと思う性格でした。それに、面白いと感じると、どんどん追求して、最後には自分で表現したくなるんです。
 私は、小学生の時に歌の素晴らしさを知って、声楽の道に憧れ、桐朋音大卒業後はドイツへ留学しました。学生時代に婚約し、ひと足先に留学していた夫と結婚。当時は、勉強に家事にと大変でしたが、毎日が楽しかったですね。その後帰国して、母と姉が経営していた鶴巻温泉の老舗旅館・陣屋に入り、姉と一緒に女将として経営に携わりました。

お孫さんのために、地色から絵付けまで手がけた晴れの着物。また、お嬢様が結納の際にお召しになった桜模様の振袖も、新沼さんが丹精こめて染められたそう。

衝撃を受けた、海外での透析。
日本でも、ぜひ実践していきたい!

最近始められたという機織り。やわらかさとハリのある生地にするため、絹糸と麻糸を織り上げる。

 もともと体が強くない上に、仕事が忙しかったこともあり、体調を崩して35歳で腎機能が低下。62歳で腎不全になり、腹膜透析を導入しました。保存期の食事制限などを続ける中で、分かっていたとはいえ、実際に手術を受ける際はつらかったですね。また腹膜炎を発症して、1ヶ月近く入院したこともあり、排液の時には、お腹がひどく痛みました。
 腹膜透析を導入した6年後に血液透析に移行。2004年には女将業をリタイヤし、今は着物や洋服の草木染を、自分のペースで楽しんでいます。最近では、生地も自分で織ったりして、オートクチュールの注文も多いんですよ。
 それから、海外旅行も楽しみの一つ。今年、姉と一緒にフィレンツェに滞在し、現地で9回透析も受けました。その病院では、3時にティータイムがあったり、好きなおやつを選べたりして、患者さんや先生が楽しくおしゃべりしていました。あまりの明るい雰囲気に、最初は驚きましたが、「私もこんなふうに透析をしたい」と思って。個人で病状は変わりますが、一生付き合っていく病気だからこそ、透析をする時間も楽しく過ごしたい。主治医の先生とも、そうお話ししているんですよ。

教室のご案内
『アートピア音芸学院』

バイオリンやピアノ、リトミックなど音楽のレッスンをはじめ、染物や気功などのカルチャー授業も開催する芸術学校。「桐朋学園大学附属子供のための音楽教室鶴巻教室」を併設し、幼児から大人まで常時約100人の生徒さんが所属。
【お問合わせ】
TEL: 0463-77-5558
URL: http://artopia-music.com

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