数字で見る透析データ

昨年3月の東日本大震災。全国で受け入れ態勢の整った透析患者数は・・・1万7,570人

今回の震災では、被災地で多くの透析難民が発生しました。避難者が多い岩手、宮城、福島の患者数は約1万2,330人。日本透析医学会が国内の医療機関に呼び掛けたところ、その数を大きく上回る患者の受け入れ体制が整いました。
*1)2011年3月24日時点株式会社ロハスメディア:Lohas Medical webより引用

日本の透析患者数の割合 430人に1人

2010年末時点の透析患者数は29万7126人で、前年度より6465人増加。これを人口100万人当たりに換算すると2320.3人になり、430人に1人が透析治療をしていることになります。
*1)(社)日本透析医学会 統計調査委員会 「2010年末の慢性透析患者に関する基礎集計」より

透析導入患者数の前年比 0.1%減

2010年中に、新たに透析療法を始めた患者数は3万7532人で、2009年に続き2年連続で減少。この結果には、治療薬の普及や、健診などによる早期発見・治療が影響していると考えられます。
*3)(社)日本透析医学会 統計調査委員会「2010年末の慢性透析患者に関する基礎集計」より

1854年 「透析」という言葉が誕生

 英語で透析のことを「Dialysis(ダイアリシス)」といい、これは、ギリシャ語の「dia=こちらから向こうまで通る」と、「lysis=分ける」を合成したものです。この言葉を作ったのは、コロイド化学の創設者として有名なスコットランドの化学者、トーマス・グレアム。1854年、彼は研究の中で、透析膜を発見します。それは、羊皮紙を膜として使用することで、2つの異なる濃度の溶液を分離できるというものでした。さらに、この技術を何かに応用できるのではないかと推論していましたが、当時はまだ医学の分野で活用されるまでの発展は見られませんでした。

1927年 世界で初めて人体への透析治療に成功

 1912年、世界で最初の人工透析装置が開発され、数回の動物実験を行います。これにより、人工透析技術の基礎が築かれました。人への使用に向けて研究が進められたのは、1924年頃から。ゲネルグ・ハースによって開発された装置を用いて行われ、試行錯誤の末、1927年に初めて血液中の毒素を抜くことに成功しました。開発されたばかりの装置は、見かけが大きい割に透析の効率は悪く、24時間の治療で2g未満の尿素しか除去できなかったそうです。

1964年 世界で最初の在宅血液透析が行われる

 16歳の少女が、シアトルの患者選定委員会に透析を受けることを拒絶されるという事態をきっかけに、アメリカのスクリブナー博士は同僚のエンジニアとともに、在宅透析の開発に着手。1964年に専用の装置が作られ、少女は自宅で透析を行うことができました。これが、現在知られている限りで、最初の在宅血液透析用装置であると言われています。1967年にパリで行われた学会では、院内感染症や肝炎などの感染リスクの削減、貧血の対処のための輸血の必要性の低減など、在宅血液透析療法により、多くの利点を得られることが発表されました。

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